道路族被害者に冷たい世間の目この現状を変えきれなければ我々に未来はない

世間の目は冷たい

被害者であるはずの人に対しての世間の目が冷たいのである、最近のニュースなどでもその傾向はみられる

もれなく道路族被害者に対しても世間の目は冷たい、過激な人であれば道路族被害者は「頭がおかしいクレーマー気質」の人だと思われている

しかし、道路族の被害に悩む人はクレーマー気質の性格の対局にいる人が意外に多い事を知ってもらいたいのである

基本的には「我慢」する人が圧倒的に多いのです

しかし、道路族被害者に対する世間のイメージが悪い事は、これから道路族を撲滅していく上でとても問題であると思っています

「常識の話」「当たり前の話」しかしていない道路族被害者がなぜこんなにイメージが悪いのか、それについて考える必要があると思っています

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道路族被害者に冷たい世間の目この現状を変えきれなければ我々に未来はない

なぜ被害者なのに誰も同情してくれないのか

大きく二つの原因があると考えています

1つは、道路族被害は味わってみないとその酷さがわからない点です

日常にも道路族に似た光景はどこにでもあります、その似た光景をイメージされる事で道路族被害者は大げさだとか神経質だと言われているのだと思います。道路族に似た光景とは、子供たちが外で遊んだり、親が立ち話をしていたりといった日常の光景です

しかし、この人達は常識がある一般的な人なので日常の中に溶け込んでいます

この、光景の事を道路族被害者は大げさに言っているものだと思われている節があるとおもうのです、なので道路族被害者は「神経質だとか、大袈裟だ」とか言われているのだと思います

これに関しては、道路族を経験しないとわからないと思いますし、口で説明しても伝わらないのだろうと思っています

でも、伝わらないからしょうがないとも言ってられないので、日常の常識ある光景に対して道路族だと言っているのではないという事は伝えていかなければならないでしょう!

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子供に対してマジになるなよって意見

道路族被害の辛さが伝わらないのはまだ理解できるとして、問題はこの「子供に対してマジになるなよ」って意見です

これに関しては、道路族の親なども言い訳に使う必須手段ですし、世間の感情を味方につけるために子供をダシに使う姑息な手段として一番一般的な意見です

声を大にして言いたいのは「道路族被害者が怒っているのは、親に対してです」という事です

悪さをしたり、迷惑をかける実行犯は子供であることが多いのは事実です、そういった状況を「道路族被害」と呼んでいますので、どうしても上辺だけで物事を見る人や道路族側の意見を鵜呑みにする人は実行犯が悪いと言っているすなわち子供にクレームをつけていると思われがちです

しかし、道路族問題を抱えている人のほとんどが共通認識で「親が悪い」と思っています

本来であれば、道路族被害者VS道路族の親となるべき所を丸腰では戦えないと思ったのか、道路族被害者VS子供の構図にすり替え道路族被害者が子供に対してクレームをつける精神が病んでいる人のような印象付けを行っています

例えば海外には少年兵などがいますよね?

あなたがもし少年兵に危害を加えられそうな場合、その少年兵の事を「子供だからとしょうがない」と言えますか?

勿論その少年兵に対しても嫌悪感や恐怖の感情が湧くでしょう、しかし、頭のどこかでは根本的な問題としてそう仕向けた大人が悪いと思うのではないですか?

「子供のする事でそんなにムキになるなよ」と言われたら「子供じゃなくて、子供にこんなことさせてんじゃないよってお前に言ってんだよ!」ってなりませんか?

どんな状況でも同じだと思います。実行犯が子供だった場合、嫌いになる可能性は絶対あるのです、しかし嫌いになる事と攻める事は違います

問題は親にあり!とわかっているのでクレームを付けているのはその親に対してなのです

しかし、当の親側はその大事な子供を盾にして子供のせいにしているのです「躾はしてるんですけどね~、子供だからしょうがないですよね」と。

それって、「無能なのは私じゃなくて子供なんですよ」といっているのと同じことですよ?あまりに無責任な発想ではないでしょうか?本来、親であれば子供のする事全てにおいて責任を持たなければならないはずなのに、放棄しているだけでは飽き足らず子供のせいにまでしてしまっているのです

その本質を見ようともせず、道路族被害者は子供に対して小さい事で文句を言うメンドクサイ奴だという印象操作により被害者であるはずの人達をさらに苦しめているのです

公園や幼稚園などの子供の声の事ではない

これも、同じ事ですが子供が嫌いと思われがちの道路族被害者のイメージは公園で騒ぐ子供にもキツイ意見を言うと思われがちです

これは全く間違いで、道路族被害者子供たちは公園で遊んでほしいと思っています

なので、子供たちがいるべき所で子供が騒いでも別にいいと考えています、というかそうして欲しいと願いっています

中には、公園で遊ぶ子供がうるさいなどという話をする人もいますが大抵の場合「老害」の事が多く、道路族被害者と一括りにしないで頂きたいのです!

 

こちらは合わせて読んでいただきたい記事です

道路族が嫌い=子供が嫌いというわけでは無い事を知ってほしい

路族が嫌いだと言っている人を道路族側の人はクレーマーだったり心の狭い人だと思っていると思います 中でも、子供が遊んでいるのが気に障るなんて人として歪んでいると思っている事でしょう、しかし道路族嫌いが=子供が嫌いなわけでは無い事を道路族は理解すべきです 子供は可愛いです。当たり前だと言えるほど普通の事です 遊んでいる子供も微笑ましく見守る事も出来ます 普通の人の感覚と同じように 子供は可愛い …

道路族被害者のかたへのお願い

道路族被害者の方々それぞれに被害状況があり、もう我慢の限界を向かえそうな方もいらっしゃるかもしれません

大変お気持ちはわかるのですが、常識ある行動をとっていきましょう。ただでさえ我々に非があるような世間の目があるのです、我慢の限界で「クソガキが!」「子供嫌い」となる気持ちは十分わかりますし、そう思うのは個人の自由ですが、

大枠としては非常識な親だけが敵であるという認識を改めて確認してください!

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