【道路族の躾】最後の砦は昔からお父さんがやるものだった、子供がバカなのはお父さん責任が大きい

道路族の問題のほとんどは親にあると考えています

その理由は、子供の問題は親の躾にあると思っているからです

【道路族】誰がなんと言おうと子供の問題は親の問題 子供の躾・奇声について

道路でこどもを遊ばせる道路族の一番の原因は 親の躾不足 です 躾が出来ない親が近年増えてきている事は様々なニュースからも感じる事が出来る社会問題です、この躾不足の被害が出ている一例が 道路族被害 です …

そんな親の躾問題に関して私が言いたい大事な事がもう一つあります、それは父親の問題です

 

日本の躾と言えばお父さんが最恐だった

 

躾は誰がするのか

子供の躾はお母さんが大抵行う事が多い日本の子育てですが、近年「お母さんは大変だ」「子育ては大変だ」という風潮が増えて来てお母さんが子供を躾きれないのもしょうがないのではないかと、お母さん本人も勘違いしてしまっています

父親は毎日仕事で子育てには参加しないのが日本の昔からある子育ての光景です、この習慣がいいとか悪いとかそういった問題はどうでもいいのですが、「近年では週末だけ子育てに参加するパパ」とかイクメンとかが何かと話題になる時代になりました

 

お父さんが子育てに参加することが「いい事だ」といった流れが、「お母さんは大変なんだもん!」って考え方とごっちゃになってしまい、まともに子育ても出来ていない母親まで、というかそんな母親に限ってかもしれませんが母親は大変なんだ、子育ては大変なんだと声をあげています

 

 

育児は大変だから躾が出来ないのか

母親は家事と育児の両立で大変だから時間がない、パートに出なければいけないから子供と遊ぶ時間が無いなど色々な理由があると思います

そんな中でも、子供がまっすぐ育ち人様に迷惑をかけない家族も沢山います

しかし、「公園に連れていけない」と言い出す母親の子供に限って躾がされていません

躾はしているが子供だから言う事をきかないというのは、母親業が大変だから躾がおろそかになるのか、躾はしているが子供が言う事を聞かないのか、どちらなのだろうか

 

最後の砦は昔からお父さんがやるものだ

母親のいう事をきかない子供は昔から父親が最後に叱って終わるのが定番では無いのだろうか?時代が変わったのかもしれないが、近年女性の方が強くなってきたと言っても家庭内ではお父さんは怖い存在であるべきではないのだろうか?

私の父親も優しかったが、これだけはしてはダメだという時だけ叱られた、なので今でもその時の記憶は鮮明だし「親父が言ってるのだからこれはしてはダメなのだ」と思ったものだ

やはり、母親から日ごろ叱られるのとはちょっと意味合いが違っているとおもうのである、そして父親がそういった最終的な存在であることが躾の面で大きな役割を持っていると思う

 

しかし、道路族の父親は一緒になって道路で遊んだりしてしまう何とも情けない状態なのである。子供と遊ぶことは一向にかまわないのだが、「やっていい事と悪い事」を教える事を父親が放棄してしまったら、子供は見ての通り非常識な子に育ってしまうのである

母親に育児を任せっぱなしだから「休みの日くらいは甘やかしてしまう」という事なのかもしれないが、それは子供の為になっていない

父親はちょっと怖いくらいの存在であるべきである、そして母親のいう事を聞くように子供に教えるものである

これが出来ていないと毎日一緒にいる母親に慣れてきた子供はそのうち言う事を聞かなくなる、その時に「お父さんに言うわよ」という魔法の言葉が使えるかどうかは躾ていく上でとっても大きな意味を持つ

これが使える事で母親の負担も大きく減るのではないだろうか?

イクメンなどと浮かれた事を言っている前に、オヤジとして一人前になれてない男親が多すぎると思うのである、子供の躾の話になるとどうしてもお母さんに話が行きがちであるが、私は父親の威厳がない男親にも相当の責任があると感じている

 

 

父親をたてない母親

子供が父親をなめてしまうのは、母親の父親に対する態度が問題だと言われている

嘘でも子供の前ではお父さんを悪く言うのは止めた方がよい、もし、それが出来ないのであれば母親が躾をしっかり行わなければならない、一人で躾なければならない状況を自分で作ってしまう事になるのだ

 

さいごに

子供の躾の最終的な責任は父親にあり

子供に好かれたい、世間体を気にしていいお父さんを演じたいなんて甘っちょろい事を考える前に子供の将来の事を考えてビシっと威厳のある父親になってもらいたいものである

 

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